松本市熟年体育大学(総合体育館コース)
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熟年体育大学の歴史

 熟年体育大学の発足は、1995年に当時の松本市長が「市民に運動・スポーツを浸透させ、健康な市民生活が実現できる」ことを目的として、当時の信州大学長に協力を要請されたことに端を発します。この要請を受け、当時の医学部長が、医学部スポーツ医学教室の能勢博教授に協力依頼され、同教授と教育学部の寺沢宏次助教授が中心なって、松本市職員、長野県の諸大学の学術専門家を含む熟年体育大学実行委員会を設立しました。そしてこの実行委員会では、欧米諸国が行なっている「ヘルシーピープル計画」など、現在の『高齢社会に対応した社会システムの構築』を目指し、熟年体育大学を運営していくことを決定しました。そしてそれからの5年間、年数回の実行委員会を開催しながら、松本市熟年体育大学のシステムの構築・運営・実施に取り組んできました。

 熟年体育大学(総合体育館コース)では、主に最大酸素摂取量(VO2max)の40%の強度で、毎日一万歩のウォーキングを目標としています。この目標を達成していくために、毎月1,2回の講義を開催し、受講生が結束しお互いを励ましあえる環境作りをおこなっています。さらに、この講義では、単に卓球やソフトバレーなどのスポーツ種目だけに主眼をおくのではなく、キャンプや食育、バスハイクなどさまざまな種目を加えながら、新しい経験を受講生が実際に学習体験し、熟年者自身、潤いがあり、生き甲斐を感じながら、活き活きとした生活を過ごせるように配慮しました。そして熟年体育大学の受講生同士が『楽しく、仲良く、健康で』を合い言葉に、お互いを思いやり、励ましあいながらこの松本市熟年体育大学を支えあえるようにしてきました。

 今後、益々充実した事業になることが期待されています。